それは南砦が東砦を落城せしめた火炎の煽りを受けており、兵で攻撃を仕掛ける必要性が薄かったこと、そして仮に戦いになったとしても、吉彦秀武3000兵が控えておるため、待機させるよりは、押されている東砦の加勢に回す方が得策だと判断した結果でした。しかし厨川柵南砦で出陣の機会をうかがっていた経清はこの機を見逃さず、橘貞頼が東砦に進軍する最中、200兵で南砦を討って出て、橘隊を後方から攪乱したのでした。
(さすがに亘理大夫殿、鋭いところを衝いてこられる)
義家は自らの虚を衝かれて悔しいという思いより、見事、虚を衝いて来た経清に敬意さえ払っていました。橘貞頼隊は予想もしなかった後方からの攻撃に満足に反撃できず、混乱の果てに1000兵近くを瞬く間に失ってしまったのです。
それを南砦の上から見ていた貞任は、あらためて経清の戦上手に感心しましたが、しかし所詮は200兵あまりの軍勢、長時間持つ訳はなく、その勢いも時間とも共に動くが鈍くなるのは必定でした。
「三郎(宗任)」
貞任は宗任に声をかけると
「これより先、砦の指揮はお前に任せる」
と言い放ちました。
「どういうつもりじゃ次郎兄(貞任)」
宗任が聞きます。
「知れたこと。ワシも出陣し、経清を連れ戻すのじゃ」
と答える貞任。その言葉に宗任は慌てました。
「それはならん。兄者は安倍の棟梁、総大将じゃ。総大将が軽々しく出陣してもし命取られたら、そこで戦は終わりぞ」
宗任は貞任を押しとどめようとしますが、貞任はそれをなんなく払い除けました。
「棟梁の座など、そちにくれてやるわ!。経清は六郎(重任)を助ける為に、手勢すべてを率いて出陣した。おそらく二度とは帰らぬ覚悟であろう。我が弟の為に、京の公家の藤原一族に連なる経清が、安倍の婿になったが為に......その経清がもし討死でもしてみろ、安倍の棟梁として、ワシこそ有加に会わせる顔がないわ!」
「それは違う!大夫兄(経清)は、次郎兄が安倍の棟梁として座り続けることが、安倍を守ることと考えたのじゃ。万が一、この戦で敗れようとも、次郎兄さえ生きていれば、棟梁さえ無事なら、安倍は何度でも蘇る事ができる。じゃから大夫兄は!」
「煩い!」
宗任の必死の説得に貞任は一切耳を貸そうとしませんでした。
宗任の言葉を一喝で遮った貞任は
「ワシは経清を連れ戻す為に砦の外に出陣する。三郎、後の指揮はお前に任せる」
と言い残すと、砦の奥に駆けて行きました。
「次郎兄!!」
貞任の耳には宗任の言葉はもう聞こえていませんでした。
一方、南砦の外では、経清の奇襲攻撃により、兵の約半数を失う損害を受けた橘貞頼隊でしたが、四半時(30分)もするとようやく軍勢を立て直し、さらに隊を2つに分け、五百を留め置いて経清の軍勢に当たらせ、残り五百を清原武貞軍と合流させようとしていました。
これにより、遥か彼方に重任の姿を見た経清でしたが、留め置かれた橘貞頼の五百の兵に阻まれて、これ以上の進軍ができなくなってしまったのです。
「ええい。各個勝手な行動を取るでない!まとまって全軍押し出すのじゃ!」
経清は兵を分散している兵たちをまとめつつ、そのまとまりを以て橘貞頼五百の兵に襲いかかりました。
すでに1000の兵を損耗させて士気が上がりまくっている経清の軍勢と、ろくな戦闘もしていない橘貞頼の軍勢では士気が違い過ぎで、徐々に貞頼の五百の兵は押されつつありました。
「その調子じゃ!押せ!押せぇ!」
経清は刀を天に上げ、敵陣に向けて号令をかけてさらに士気を高めます。
しかし、そこへ新たな喚声が背後から経清の耳に聞こえてきました。
「ちぃ!新手かぁ!」
と振り返るとそこには、見慣れた甲冑に身を包み、大刀を振り回しながら馬を駆ける貞任の姿がありました。
その数およそ300兵。
(あの、バカ......)
経清は愕然とした表情を浮かべたのに比べ、貞任はニヤリを笑って、そのまま手勢300を橘貞頼の軍勢にぶつけて、さらに押し上げていきました。
「どうじゃ経清!ワシの300とおぬしの200。これで互角の戦いができるってもんだろうが!」
大声で得意気に言う貞任でしたが、経清は貞任の馬に近づくと馬上から拳を貞任の頬に食らわせました。
「この大たわけが!戦の前線にノコノコでてくる大将がどこにあるか!」
経清の体内には恐ろしいまでの怒りの力が噴上っていました。経清の出陣は、勝手に嫗戸柵を出た重任を、再び柵内に篭城させるためであり、貞任は棟梁の地位にあったため、自分が行くしかないと思っての行動でした。
しかし貞任の今回の出陣は、それをすべてご破算にしまうものであり、経清の戦いが一気に意味のないものになってしまったので、あまりのことに怒りの力を制御できなくなった果ての鉄拳でした。
貞任は、怒鳴り散らす経清を横目でギロっと睨むと
「大将の座なら棟梁の座と共に三郎に譲って来た。どうもワシは後方で指揮を執るより、こういう戦の前線で戦う方が性にあっとるようでの」
「おぬしと言うやつは......」
「それにの、ワシの弟のせいでお主を死なせることの方が寝覚めが悪いわ!我が愚弟の不始末は兄であるワシがつけんとな」
と大笑いする貞任。それを見て経清も体の中の怒りの波がみるみると下がって行くのが分かった。
「目指すは六郎殿をお助けすることじゃ。目的を間違うでないぞ」
「ふん。おぬしに言われるまでもないわ」
「ホントに口の減らぬ奴」
今度は経清が薄笑いを浮かべる番でした。
経清、貞任の両者は刀を頭上で交わし、共に橘貞則軍へ向けて振り下ろし
「押し出せい!!」
と号令をかけました。
(つづく)