2016年10月11日

鎌倉幕府が出来るまでの黒歴史(48)-高倉上皇の死-

西暦1181年(治承五年)正月12日、「治天の君」であり、院政を行っていた高倉上皇の容体が急変し、危篤状態に陥りました。

「治天の君」とは天皇家の長を意味し、天皇を補佐・指導するポジションです。
この時の天皇は数え年4歳の安徳天皇で、子供に政治が行えるはずもなく、安徳天皇に天皇の御位を譲った高倉天皇が上皇となって、高倉院を興し、院政を行っておりました。

というのは表向きの理由で、実際は清盛の孫である安徳天皇を皇位につけ、天皇の名の下に清盛が自由に権力を振るえるように高倉上皇には院政を行ってもらっていたというのが正しい認識と思われます。

なぜなら、高倉上皇も母は平滋子(清盛の義妹)、中宮(正室)は平徳子(清盛の娘)ですからね。
したがって、高倉上皇は安徳天皇同様に、平家の権力の源泉であり、キーパーソンとなる人物でした。

しかし、高倉上皇は安徳天皇に位を譲られてから、病がちになっており、その病状は一進一退でした。それがここに来ていきなり危篤と聞いては、清盛も慌てぬわけにはまいりません。

ただ、清盛はこういう時を来ることを見越して、園城寺並びに興福寺を焼き討ちにしたと考えられています。
万が一、高倉上皇が崩御なされた場合、未だに子供の安徳天皇に親政が行えるはずもなく、「治天の君」のポジションは、現在幽閉されている後白河法皇に自動的に移るからです。

これまで散々平家に対して煮え湯を飲まされた後白河法皇です。「治天の君」に復帰すれば、全力で平家を排除しにかかってくることは必定でした。その時に備えて、清盛は後白河支持派である仏教武闘派勢力(園城寺、興福寺、延暦寺)の力を抑え込む必要があったのです。

結果として、清盛は目的を成し遂げたわけですが、彼の計算狂いは、これほど早く高倉上皇の容体が悪くなるとは思わなかったことです。

清盛のシナリオは仏教武闘派勢力を抑え込んだ後は、各地で蜂起している反平家運動の鎮圧でした。そのあと、後白河法皇が実権を手にしたところで、平家に一分の揺るぎもない地盤が築かれていれば、後白河法皇も無下に平家を排除することはないだろうと思っていました。

ところが、清盛は仏教武闘派勢力の抑え込みには成功し、近江から源氏の勢力を追い払ったものの、まだ各地の反平家活動は依然として元気いっぱいに活発化していたのです。

東国の源頼朝(河内源氏)と武田信義(甲斐源氏)、北陸の源義仲(木曾源氏)、東海の土岐光長(美濃源氏)、四国の河野通直、九州の緒方惟栄、各地で火の手が上がっており、ここを復権後の後白河法皇に突かれるのは時間の問題だったのです。

(さて、どうするべきか......)

清盛は考えました。このまま高倉上皇が崩御すれば、政治権力は後白河法皇に移り、平家は権力の源泉を失います。それを維持させる方策は......考えに考えた結果、清盛は非常識極まりない(ハレンチと言ってもいい)ある試みを実行しようとします。

それは「高倉上皇の中宮(正室)の平徳子(清盛娘)を、後白河法皇の後宮(後妻)に迎える」というものでした。

要するに危篤状態の上皇の奥さんを離縁させて、今はまだ幽閉中だけど次の「治天の君」間違いなしの後白河法皇と再婚させようというものです。そうすることで、後白河法皇と平家は縁つづきとなり、平家は国政に関与し続け、権力の源泉を保持することが可能となるという、なんとも恐ろしい考えでした。

これを聞いた時の右大臣・九条兼実は「言葉にするのも汚らわしい」と卒倒しかけたと言われます。
そして当の後白河法皇本人は「平にお断り申し上げる」と首を縦に振らず、そしてもう一方の当人である徳子に至っては「お父さん、バカじゃないの!!」と髪を逆立ちさせて烈火のごとく激怒したそうです。

まぁ、普通、そうですわね。(汗)

実際、この策は、清盛の正室・時子以外の賛同は得られず、清盛は周りからフルボッコにされて意気消沈しかかっていました。

とは言え、ことは平家一門の将来に関わること、ここで諦めてなるものかと自分の娘(七女)である御子姫君を法皇に輿入れさせますが、法皇も清盛の意図を見抜いているため、一切手をつけなかったと言われています。

そして、高倉上皇が危篤になって2日後の西暦1181年(治承五年)正月14日

高倉上皇 崩御。享年二十一。

そしてこの時を以て、眠っていた後白河院がゾンビのように復活するのでした。
清盛と後白河法皇の最後の戦いが始まろうとしていたのです。

(つづく)
posted by さんたま at 22:55| Comment(0) | 鎌倉時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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