2013年12月09日

黄金楽土・平泉〜第18回 火攻め

西暦1062年(康平五年)9月17日。
夜明けと共に厨川柵の至る所で非常事態を知らせる鉦が鳴り響きました。
厨川柵は東西南北にそれぞれ郭型の砦を持ち、その中央に城の本丸機能を持つ中央砦があり、砦と砦の間は空堀で隔てられていました。その四方の砦のうち東砦と南砦の鉦がなったのです。

南砦には貞任が向い、東砦には宗任が向かいました。
念のため、経清が北砦を、家任と則任が西砦を検分に向かいました。

南砦の鉦が鳴った理由は、朝廷軍が川向こうの川岸に現れたのが原因でした。
しかもそれらの兵はすべて1人1つの大きな板を盾にして横一列で並んでいたのです。
また南方の朝廷軍は一部がすでに川を渡っており、柵側の川岸に兵を展開させていました。

貞任は物部の手の者から「朝廷軍が付近住民の家を破壊して板や萱を集めている」という報告は耳にしていましたが、それは「民家を攻撃して、自分たちを柵外に誘き出すための揺さぶり」と思っていました。
しかし、それは大きな間違いでした。
朝廷軍が民家を破壊して板や萱を集めていたのは、柵の高台から射かける矢を防ぐ為の「盾」を作るのが目的だったのです。

厨川柵の東方、西方、南方は多数の空堀で仕切られており、用意に攻め込めなくなっています。堀に掛かっている橋や間道を兵が渡ろうとすると、柵内の高台から矢を射かけられて射殺されるか、堀の下に落ちて、堀底に仕掛けられている逆さの剣刃の餌食になるかでした。前日の吉彦秀武はそれによって数百の兵を失ったのです。

しかし、今、安倍軍の目前に広がる朝廷軍は全員が板の盾を持っているため、矢の効力は殆どありません。また、一糸乱れぬ隊列でじわじわと堀に迫ります、堀に迫っても堀に掛かっている橋は1本のみ、全員が渡れるわけはありません。

(いったいどうするつもりだ)

貞任がそう思った頃、第二陣、第三陣が舟で川を渡ってきます。そこには大量の萱と長い板を何枚も乗せていました。そこで貞任は朝廷の策に気づきました。

(あいつら板を橋のように架けて、空堀を渡るつもりか)

しかし萱の目的がイマイチわかりませんでした。
貞任は南砦の高台の兵に第二陣、第三陣の上陸を阻止するため、矢を射かけるように命じましたが、川岸ギリギリは射程距離外のため、届きませんでした。貞任は

「火矢に切り替えて、手前の兵を先に殲滅しろ」

と命じました、高台の兵は火矢を射かけますが、どうも東からの風が強く、思うように当たりません。また朝廷軍の盾に当たっても、火が広がるどころかすぐに消えてしまいました。

「くそう。盾に水を含ませてあるようじゃな」

貞任は朝廷軍の小細工に悔しがりました。
そこへ東砦の様子を見に行った宗任の姿が現れました。

「敵は東砦の空堀いっぱいに無数の萱を積み上げております」

宗任は、東砦の状況を貞任に報告すると

「油断するな、この攻め方には何か裏がある」

と宗任に慎重に行動せよと諭しました。
そして南砦の空堀にも朝廷軍第二陣、第三陣が川岸に到着すると、萱を堀の中に入れていく様が朝廷軍の盾の隙間から見えました。

(なにをしてるのだ......)

また、北砦を検分した経清、西砦を検分した家任、則任らも南砦に集合しました。
北と西には動きがないことを貞任に報告すると、貞任は経清の顔をみつめ

「これをどう思う?」

と問いかけました。経清は

「わからん。今度ばかりは何を考えているのか」

と答えるのが精一杯でした。

(いったい、何を考えている頼義...)

経清は今度ばかりは頼義の考えが読めず不気味なものを感じておりました。
東から西に流れる風は時が経つごとに強まり、やがて目を開けるのも難しいほどの強さになってきました。
貞任は警戒を怠らぬように、そして決して柵から討って出るなときつく言い含めました。
宗任も東砦に戻り、同様に兵たちに申し伝えました。

およそ2刻(四時間)が過ぎた頃、東砦の鉦がけたたましく鳴りました。

「火。火じゃ!川岸の兵が堀の中に火矢を射った。とたんに火が燃え上がったぞ!」

東砦の高台の兵が大声で下の宗任に伝えました。
宗任は確かに空堀の中から火を確認しました。その空堀の中に積み上がられた萱が火を炎と化し、それは凄まじい勢いで噴き上がってきました。おそらく油のようなものも蒔かれていたのでしょう。

東砦の空堀から出た炎は、瞬く間に南砦の貞任や経清のところから確認できるほどの大きなものになっていました。そしてそれは東からの風にあおられ、砦の草木に飛び火しつつありました。

(火攻めか。頼義はこれを待っていたのか)

経清はようやく合点がいきました。
そして東砦に火が掛かったころ、南砦の朝廷軍に動きがありました。空堀を大きな板で渡しを付け、空堀を渡って、柵に近づいて来たのです。

高台の兵が朝廷軍に矢を射かけました。朝廷軍の兵を数人倒しましたが、東からの風が強く、命中率が非常に悪くなっていました。

さらに朝廷軍も南砦に向けて火矢を射かけてきました。東からの風により西に流されて行きますが、矢についた火が南砦の外壁の板に刺さって行きます。

一方、東砦の堀の炎は柵の東砦の外壁に引火しつつありました。

「全員、火を消せ!」

宗任は砦に引火しつつある外壁の板を次々と外していきました。ですが、火の勢いが強く、思った以上にままなりません。中央砦から水が運ばれ、東砦の兵はそれで消そうとしますが、一瞬火の勢いは落ちるものの、すぐ復活するため、完全に焼け石に水でした。それどころか、風に煽られて炎は強まり、やがて南砦にも広がりつつありました。

「俺は東砦に行って、三郎(宗任)を加勢してくる」

貞任はそう言って南砦を動こうとしますが、それを経清が止めました。

「離せ」

「待て次郎(貞任)。お前がいなくなったら、この南砦はどうなる」

「経清。お前がいるではないか」

「それは困るな。俺にはお前に預けられた北砦の指揮がある」

「今は、東の火を抑えることが先決だろうが」

「ああ、そうだ。だが、この南砦の朝廷軍も攻撃に転じ始めている。今は矢戦だが、彼らがこれ以上近づいたら接近戦になるぞ。その時に指揮を執るものがいなくては困るではないか」
「う」


貞任は言葉に詰まりました。経清は貞任の肩をしっかり掴むと

「お前は安倍の棟梁だ。棟梁はしっかりどっしり構えてもらわんと兵が不安がる」

と諭し、床几に座らせました。
その上で

「東砦には俺が行く。だから南砦は任せた。万が一、北砦の鉦がなったら、八郎(則任)を遣わせてくれ」

とだけ言い残し、貞任の了解も得らずに東砦に駆けていきました。

(つづく)
posted by さんたま at 02:20| Comment(0) | 黄金楽土・平泉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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